一年近く前になる。
夜、老母に電話がかかってきたと思ったら「急いで出かけなけりゃ」とあわてて支度を始めた。
電話は都内某所でスナックの店を出している友人からで、これから小泉首相が来るから早くおいで、と言われたそうだ。
バタバタしている母に、私は「びっくり水」でも差すように冷ややかな言葉を投げた。
− 今日は何月何日だい?
この忙しいのにそんなこと構ってられるか、といった様子である。そこで重ねて
− 四月一日だろうに …
それでも気がつかないらしいので
− そんな簡単に騙されるなよ、エイプリルフールじゃないか。
と説明すると、一瞬キョトンとした後、今度は笑いが止まらなくなってしまったようだ。
− … あーあ、アタシがよっぽどお人好しで騙されやすいと思ってるんだね。
「来い」っていうのだからともかく顔を出そう、と、落ち着きを取り戻し、ゆっくり着替えなどをすませて出ていったのだ。
夜遅く帰ってきて開口一番
− 本当に総理が来たんだってよ … 十分だけいて出てったんで、遅く行ったから見れなかったけど
有名人で、ある分野ではカリスマ的存在のA氏の実兄I氏がその店の常連で、その人が首相を伴って来て、店の隅で短時間密談などをしてたらしいのだ。
その少し後、首相がその地区の視察をしたから、その打ち合わせでもあったのだろう。
また、そこには以前、世界的に名の知れたF氏も数回護衛付きで訪れていたと言う。
事実というのは、苦心して創った嘘よりも見抜きにくいものである。
今ここに書くのは、この季節を逃すと「証文の出し遅れ」みたいになって間が抜けるし、四月一日当日に持ち出しても、この実話自体誰も信じてくれないだろうからだ。
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